無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

地に巣くう:弥勒シリーズ第6弾(あさのあつこ)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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北定町廻り同心・木暮信次郎と、小間物屋遠野屋の主・遠野屋清之助の弥勒シリーズ」第6作目にして最新刊。ある晩、信次郎は道端で足の不自由な男に襲われて傷を負い、ほどなく下手人の死体が大川に浮かびます。刺された理由が思い当たらないものの、下手人が年寄であったことと「木暮」と名指しで刃向かってきたことから、彼の亡き父との関わり合いを疑う信次郎。20年前に心の臓の病で急死したとされる父の過去にも疑問を持ち始め…。

弥勒シリーズ」の魅力は、なんといっても信次郎のダークヒーローぶり、そして互いを嫌悪し畏怖しながらも、相手の一挙手一投足を追わずにはいられない信次郎と清之助の、愛し憎しの関係性です。この因縁の二人と、それを諌めてとりなす信次郎の手下・伊佐治との関係性は、第1作弥勒の月」から続く、シリーズの要です。

弥勒の月 (光文社時代小説文庫)
あさの あつこ
光文社
2008-08-07




 今でこそ江戸で名の通った誠実な商人として知られる清之助の、秘された過去を揶揄して「歪形(いびつなり)」としてあげつらい、「殺してやりてえ」とさえ感じる信次郎。一方の清之助も、人の生き死によりも「容易く溶けない事件の結び目を」解くことに快楽を覚える信次郎を「おぞましいほどに」「嫌な男だ」と感じ、「殺してやっても、よい」とまで言わしめるほどの衝動を覚えるのですが、それでいて決して相手から目を離すことが出来ぬ執着を覚えています。

「おゑんシリーズ」のレビュー
にも記載の通り、時代小説におけるあさのあつこさんの筆致は嗜虐的で艶っぽく、独特の世界観があると思うのですが、こと弥勒シリーズ」における、延々と繰り返される互いへの執着には、(誤解を恐れずに言うならば)BLめいた背徳感さえ感じられます。そしてその毒気にじわじわとやられているのが、信次郎の父の代から仕える、唯一人真っ当な岡っ引きの伊佐治。彼の常識的で俯瞰的な目線があるからこそ、二人の特異な関係性がより際立ってもいるのですが、伊佐治もまた、信次郎の人間性や清之助の底知れなさににうすら寒いものを覚えつつ、彼らに惹きつけられてしまっているのでした。

今回は信次郎自身が襲われたことに端を発し、信次郎は清之助をも巻き込んで事件の真相を探るという手段に出ます。シリーズ上でも珍しく、三人が額を突き合わせて謎解きをする過程も見所ですが、自身の出自にはあまり触れてこなかった信次郎が、亡き父の秘密に真っ向から向き合う姿や、その様子を見た清之助が、彼自身の闇の過去と共に封印した父の面影に捉われた己に気づくくだりがとても印象的でした。

歪な形ではありますが、信次郎と清之助の関係は回を追うごとにどんどん深まっていきます。この二人の最後は、果たしてどうなるのか。それを知りたい気持ちと、ずっとこのまま知らずにシリーズが続いてほしいと思う気持ちが、私の中でせめぎ合っています。

夜叉桜 (光文社時代小説文庫)
あさの あつこ
光文社
2009-11-10

木練柿 (光文社時代小説文庫)
あさの あつこ
光文社
2012-01-12

東雲の途 (光文社時代小説文庫)
あさの あつこ
光文社
2014-08-07


あさのあつこさんの他作品に関する読後所感
「闇医者おゑん秘録帖」「花冷えて」