無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

孤狼の血(柚木裕子)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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時は昭和63年。広島県警の機動隊員から呉原東署の捜査二課・暴力団係に赴任してきた主人公日岡秀一は、新しい上司である暴力団係の班長・大上章吾と出会います。県警内部では凄腕のマル暴刑事として有名で、受賞歴100回にも及ぶ警察表彰という輝かしい経歴を持ちながら、訓戒処分も現役ワーストという大上の型破りな振る舞いに、着任当日から圧倒される日岡暴力団と深い関係を築き、違法捜査も辞さない大上に、釈然としないものを感じる日岡ですが、なぜか大上に気に入られコンビで行動を共にします。

大上の駆け引きや根回しによって、二大勢力が反目しあう呉原市の暴力団のパワーバランスはどうにか保たれてはいましたが、ある民間人の失踪事件がきっかけで、暴力団同士の抗争に歯止めが効かなくなってきます。市民をも巻き込む恐れのある「戦争」を何としても食い止めるために、大上は単身、ある暴力団事務所に乗り込んで行くのですが…。

読了後、真っ先に感じたのは、なぜ敢えて今、筆者はこのような物語を書こうと思ったのだろう?本書で描きたかったテーマは何だったのだろう?ということでした。巻頭には暴力団の相関図まで示され、全編広島弁で繰り広げられる本書は、いわゆる「仁義なき戦い」の世界そのもの。緻密な筆致と骨太な内容で、確かに読み応えはあるのですが、任侠ものには全く明るくない私ですら、どこかで見聞きしたような既視感を覚えました。

ヤクザの世界の描き方、型破りな伝説刑事と新米刑事のコンビ、警察の暗部がちらつくお決まりの設定はまだしも、これほどまでにヤクザ達が一人の刑事に全幅の信頼を置いたり、簡単に脅されたりするものかという疑問が残るご都合主義な物語の展開は、少々興醒めでした。仮に大上にそれだけの力量があるのならば、彼が迎える最後の結末は、あまりにもあっけない…。

ハードボイルドやダークヒーローを描くのならば、型破りであるがゆえの矜持や、突き抜けた個性が必要とされるのではと思いますが、ある場面では過度に人情に流され、ある場面では狂気じみた振る舞いをする大上の人物像と行動原理には、一貫性が感じられませんでした。私には大上という人間の矜持も、たった一ヶ月間行動を共にしただけで日岡が全面的に魅かれるその人間性も、残念ながら共感できず終いでした。