無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

北海道釧路市・「釧路市湿原展望台」~ヤチマナコ、そして凍原の世界~

普段の朝はパン食なのに、旅先では土地のものを頂こうと思うと、ついつい和食のお皿に手が伸びます。釧路の郷土料理を中心に、甘辛いタレがかかったいももち、さんまやまぐろ、いくら、いかなどをご飯に載せたのっけ丼、ツブ貝や焼き鯖などの炉端焼きイカの塩辛、すくい豆腐、青菜の胡麻和えなど、この日の歩きに備えてしっかり頂きました。 バラエティ豊かで楽しい朝食でした。
 
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2日目は、釧路湿原の西側を回ります。釧路駅から出るバスで最寄りまで移動する必要があるため、まずは幣舞橋のたもとにある宿泊先から、一度釧路駅まで出ました。

この日も曇天だったのですが風も強く、前日よりもさらに厳しい冷え込み。湿原を目指す人たちは重装備、街ゆく人もウィンドブレーカーや、はたまたダウンを羽織った人まで・・・。海も近いので余計に寒く感じるのかもしれません。私たちも一応防寒対策はしてきたものの、予想以上の寒さに震えながら、バスターミナルで目的のバスを待つこと15分。

釧路市湿原展望台のある停留所まで、バスで約40分ほど移動します。釧路市湿原展望台の遊歩道は木道が通っていて、湿原歩きが出来るエリアでもあります。再び虫の目で歩きつつも、北斗展望台というサテライト展望台からの眺望も楽しめるとあり、昨日とはまた違う釧路湿原の表情に出会えそうで楽しみにしてきました。寒くてたまらないので、まずはビジターセンターに入って探勝歩道の様子を確認。

このビジターセンター(この建物にも有料の展望台有)を起点に、一周ぐるっと回れる遊歩道があり、約2.5キロほどの距離。その一周遊歩道から更に分岐して、湿原に降りて歩ける遊歩道があり、これを辿っていくと、ひとつ先の停留所となる温根内ビジターセンターまで行けるのですが、全行程6.5キロほどの距離があります。
 
しかし、周遊歩道から分岐する2つのルートのうち、近道となる1つは、あいにく木道破損のため通行止め。天気も悪く、体力的にもあまり自信はないので、ともかくまずは一周するコースを踏み出してみることにしました。
 
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ビジターセンターで配布されているコース図を頼りに出発しましたが、木道が整備されているのでアップダウンも苦にならず、標識も多くてとても歩きやすい道のりです。行き交う人もいて、前日に感じたような心細さもなく、ハイキング感覚で歩けます。途中には、つり橋もあって楽しめました。

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せっかくなので、分岐ルートを抜けて、湿原まで降りてみることにしました。
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左右に広がる湿原を、今までで一番近くで見ることが出来ました。この日はあまりこちら側に足を延ばす人もいなかったようで、周囲は人気もなく私たちだけ。

湿原らしい水溜りが見えますが、この水がたまった落ち窪みは、谷地眼(やちまなこ)と呼ばれるもの。前日乗車したノロッコ号でも、先ほどのビジターセンターでも紹介されていた谷地眼ですが、私がこの言葉に初めて出会ったのが、桜木紫乃さんの小説「凍原」なのでした。 
 
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この小説での中では、釧路湿原は「原っぱみたいにみえる葦の下はずぶずぶの泥炭地で、冷たい水が常に地中を流れて」おり、その「水はどこかで全て繋がって」いて、湿原の「地域一帯が、浮島のようになっている」と書かれています。

谷地眼は、その湿原の「泥炭が途切れたり穴があいたりした水溜り」で、水が冷たすぎてバクテリアが発生しないため、生き物は腐敗せずに「泥と一緒に積み重なって」しまい、「一度落ちたらもう二度と帰っては来られない」という底なし沼のような場所として登場します。その字面の気味悪さ、不穏な響きと共にずっと私の中に印象深く残っていました。

その特性は小説上の産物ではなく、環境庁のHP上でも、国立公園である釧路湿原の、自然概要の一部として矢地眼の説明表記があり、「深いものでは4mにも達し、うっかり谷地眼に落ちてしまうと抜け出せなくなる可能性もあります。くれぐれも落ちないように注意しましょう。」、とあるのです。
 


実際の谷地眼を見たことで、ここを舞台に描かれた「凍原」を読んだ時の感覚が、蘇ってきました。人気のない湿原の、ぽっかりと空いたその沼を覗いていると、風の音、虫の声、冷たく湿った空気、カッコウの鳴き声・・・それらが全部遠のいて、人知れずずぶずぶと捉われ沈んでいった何かが見えるような気さえします。
 
文字を追いながら情景を想像するのは、読書の楽しみ方の一つですが、舞台となった場に立ってその空気を体感しながら思い起こしたその小説世界は、私の想像を超えて、確かに息づいているものとなりました。とうとう出会えた・・・そんな感慨深い気持ちと共に、震えるような興奮を覚えました。

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さらに下ると、鶴居軌道跡と名付けられた、かつての簡易軌道の廃線跡をそのまま遊歩道にした道が現れます。ここをずっと北上すると、先述の温根内木道に続くのですが、ここから1時間半ほどかかると言われて、この時点で寒さに腰が引けてしまい、元来た道を戻って周遊歩道の続きを探勝することにしました。

しばらく上り坂が続いた後に、サテライト展望台(北斗展望台)が現れました。
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これまた素晴らしい眺め!前日のサルボ・サルルンは、湖沼群が集中する北東側から南を向き、湿原が広がる様子を楽しめましたが、西側からの一面に広がるこの広大な風景は、湿原の広さを実感するには一番のスポットでした。
 
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こうやって多角的に見ることで、釧路湿原の様々な表情を知ることが出来、計1日半でこれだけの風景を楽しめたことに大満足でした。しかし、車があれば更に範囲が広がるでしょうし、四季折々でもそれぞれ違った風景が見られることでしょう。
 
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まだまだ未知の楽しみがあることに後ろ髪をひかれつつも、寒さと体力を考慮して帰路につきました。

またもや釧路湿原展望台からのバスの本数が限られており、なんとか13時に釧路市に戻るバスで釧路市内に戻りました。寒さでこわばった身体にうってつけ!と、丹頂市場内にある魚醤ラーメンを食べるのを楽しみにしていたのに、なんとまさかのスープ切れで店仕舞い・・・。もはや選択肢が少なく、和商市場勝手丼でお昼を済ませることになりました。
 
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代わりにと言っては何ですが、たんちょう釧路空港でお土産に買った、「さんまんま」という秋刀魚の炊き込みごはんを、東京の自宅に戻ってから頂きました。

秋刀魚入りの炊き込みご飯を、紫蘇の葉と香ばしく焼き目のついた秋刀魚で巻き込んだもの。肉厚の秋刀魚はてりっと脂が乗り食べ応え十分ですが、紫蘇が挟んであるのでさっぱりと頂けます。しっかり味のしみ込んだもち米も入りのもちもちのご飯も胡麻のぷつぷつとした食感が楽しく、秋刀魚に負けない存在感。もう1本買ってくれば良かった・・・と後悔した美味しさでした。
 
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