洛中洛外画狂伝(谷津矢車)~読後所感~
※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所がありますので、
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。
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まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。
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町衆向けの扇絵の独占販売権を与えられている狩野家において、永徳の父は祖父が築き上げた伝統を守り、一家の繁栄のために手本絵に忠実であろうとするのですが、永徳はその類稀な才能ゆえに、己の思いよりも先に「描きたくてたまらない」と手が動いてしまう生まれながらの絵師。息子の天賦の才に嫉妬する父の思いや、父に愛されたいと思う息子の願望も孕んだ両者の複雑な確執が丁寧に描かれます。
永徳の眼だけには違うように映る「モノ」を掬い取って絵を描く場面も読みごたえがあり、父の松栄曰く「魔境の地に」足を踏み入れてしまった彼の、鬼気迫る描画シーンが圧巻です。また、足利義輝、松永久秀、織田信長ら時の将軍たちや、商人たちと永徳の交流も描かれるのですが、不安定な情勢の中で生き抜くために、時代の潮目を懸命に見極めようとする人々が描かれる世相も面白く読みました。
全編通して力強く生き生きとした作品なのですが、登場人物たちの心情が全て過不足なく描写されていて、余白の味わいがやや少ないのが残念でした。後に妻となる廉との場面がなぜかラブコメ調になる興ざめは置いておくとしても、孤高の天才ゆえの永徳の苦悩や、栄枯盛衰の世の無常さなど、言外だからこそ感じられる余韻を残してほしかったように思いました。