無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

名もなきアフリカの地で / Nirgendwo in Afrika~鑑賞後感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所がありますので、
まだこの映画をご覧になっていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。
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第二次世界大戦下、ナチの迫害から逃れるためにケニアに移住した少女とその家族を描いた作品。

戦時中の生活を描いた作品として、
このような設定は珍しいのではないかと思いますが、遠く離れたアフリカの地で伝え聞く両親や兄弟、同胞の危機に対し、何も出来ない歯痒さに苦悩するシーンは、戦争によって奪われていく数々と、否応なく巻き込まれていくのにどうにもならない無力感を、くっきりと浮き彫りにしています。
 
ナチのユダヤ人迫害は誰もが知る史実ですが、昨日まで一族皆でドイツという国に根を張って優雅に暮らしていた日常から一転、財産、人権、生命の全てを奪われてしまうという過酷な現実を受け入れらないヒロインの母の心情が、当時のリアルな反応だったのではないかと思いました。とてつもなく荒唐無稽な現実に気持ちがついていけなかったのがよくわかります。彼女があまりにも状況を楽観視していることに夫が激怒するシーンがありますが、ケニアにいながら戦況を冷静に捉えている彼の方がむしろ聡明で、多くの人は恐らく状況を把握出来ないままに命を落としていったのでしょう。
 
幼いヒロインのレギーナが、新天地では料理人のオウアや現地民族と馴染み、異文化をすんなりと受け入れていくのに対し、法曹界で着用していた黒ガウンが不要となった父も、美しいドレスを捨てられない母も、井戸を掘り土地を耕す体労働の暮らしに疲弊し、何度となく諍いを繰り返してゆきます。
終盤では、終戦に伴って一度は追われた祖国ドイツに戻れる状況となり、一家は新たな決断を迫られるのですが…。

国を追われ、
祖国と呼べる国を失うことは、アイデンティティを奪われるに等しい痛みだと思うのです。戦争は、昨日までの価値観を覆し、どんな不条理もまかり通る、常軌を逸した世界に変えてしまう恐ろしい力を持っています。第二次世界大戦から70年以上経った今も尚、戦争は絶えず、難民が存在する事実、そしてそれが自分に降りかかったらと考える想像力だけは、決して忘れたくないと改めて感じました。