無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

キッチン・ストーリー / KITCHEN STORIES~鑑賞後感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所がありますので、
まだこの映画をご覧になっていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

--------------------------------------------------------------------------------
_SL160_
ヨアキム・カルメイヤー
エスピーオー
2004-11-05

2002年のノルウェースウェーデン映画。この映画は設定がまずが面白いのです。
舞台は1950年代。スウェーデンで発足した「家庭研究所」が、行動心理学に基づく製品開発を目的としてノルウェーにおける独身男性のキッチンでの行動パターン調査を行うのですが、スウェーデンからの調査員が現地に送り込まれるところから映画は始まります。

なんだか荒唐無稽にも思えるな話ですが、主婦の家事動線研究から始まったこの調査は実話だそうで、調査員も大まじめ。何しろ調査精度を高めるため、調査対象者と調査員の交流は認められません。調査員は対象者の家の外に停めたトレーラーで寝泊まりし、調査時間中はキッチンの隅に置かれた、テニスの審判席のような高い椅子から対象者を見下ろして、その動きを観察・記録するだけ。対象者との会話も一切禁止とされるのです。

対象者となるノルウェーの老人イザックは、「馬がもらえる」という特典に魅かれて応募したものの、手にしたのが生身の馬ではなく馬型の人形だったことに落胆して、担当調査員フォルケには非協力的。しかし、彼がスウェーデン人の調査員に対して持つわだかまりはそれだけではなく、中立外交の立場を取るスウェーデンに対する釈然としない思いや、スウェーデンに比べてノルウェーの生活水準が低い(当時)ことを物語る描写が見られ、両国の間に横渡る複雑な事情が垣間見えます。
 
スウェーデン人であるフォルケ自身も、冒頭で、左側通行(当時)のスウェーデンから国境を越えてノルウェーで右側通行になると気持ちが悪くなるというセリフを呟くのですが、両国を北欧諸国とひとくくりとして捉えていた私は、この一言にカウンターパンチを喰らった思いがしました。本国から送られてきたスウェーデン

しかし国は違えどそこは人間同士、厳格なルールが設けられた奇妙な生活を送る二人は次第に心を通わせ始めます。頑なだったイザックもいつしかフォルケとの会話を楽しみにするようになり、お互いを思いやる気持ちも生まれるのですが、規則違反によってクビにされたフォルケは、調査用のトレーラー返還のためにイザックのもとを去らなければならない事態になり・・・。

登場人物も少なく、静かで地味なストーリーながら、イザックの近所に住む友人グラントのフォルケに対する屈託や、フォルケ同様ノルウェーに派遣されてきたスウェーデンの調査員が叫ぶ一言、そして誕生日を祝う夜のイザックとフォルケの笑顔など、「人と人との気持ちの通じ合い」というシンプルな過程とテーマが良く伝わってきて、しみじみとした気持ちにさせられます。終盤は意外な展開となるのですが、最後のシーンがとても素敵な締めくくり方で胸打たれました。