無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

人形町「小春軒」~母が教えてくれた味・唯一無二のカツ丼~

「久しぶりに小春軒でカツ丼が食べたい」という母の一言に誘われて、久しぶりに人形町に出掛けました。
人形町は母の気に入りの街で、私一人で訪れることはめったになく、母と一緒に歩くのがしっくりくるのは、「人形町 今半」さんのすき焼き、「芳味亭」さんの洋食弁当、「そよいち」さんビーフカツ、「㐂寿司」さんのお寿司、「魚久」さんの粕漬定食など、母に連れられて覚えたお店の味ばかりが揃っている街だからなのかもしれません。私の食いしん坊は、明らかに母親譲りなのです。

母に連れられて行った中でも、「小春軒」さんのカツ丼はとびきり衝撃的な出会いでした。こじんまりとした昔ながらの町の洋食屋さんですが、そのカツ丼はとびきりハイカラで、ご覧の通りカツの上に目玉焼きと、コロコロのじゃがいも、玉ねぎ、人参、グリーンピース(以前は絹さやだった)が散らされた、ちょっと珍しい見た目なのです。
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個性的なのは外見だけではありません。カツは一枚を揚げて切ったのではなく、一切れサイズに切った肉に細挽きの衣をつけてチキンナゲットのように揚げてあり、丼つゆはデミグラスソース入りです。恐らく、カツは丼つゆにさっとくぐらせる程度で、卵液でとじられていないためサクッとした揚げものならではの食感が活きており、非常に軽やか。けれど、一切れの全てに揚げ衣が付いているので、肉の旨味がしっかり封じ込められており、デミグラスの風味もきちんとまとっているのです。変わりダネではなくきちんと美味しい、洋食屋さんならではの発想が溢れるカツ丼だと思っています。

これに目玉焼きの黄身を崩して絡めながら食べると、デミカツのような和洋融合の独特な風味が、他にはない唯一無二の美味しさ。煮込まれたじゃがいもや玉ねぎが洋風肉じゃがのような味わいで、なんとも言えないアクセント。目玉焼き載せのデミハンバーグが好きな人は、きっと好きになるんじゃないかなぁ。

一般的な卵とじ状のカツ丼も好きですが、カツ自体の美味しさと、洋食屋さんならではのセンスが楽しめるという点で、母と私の中ではこれはもう「小春軒さんのカツ丼」という一つの料理として存在しています。随分と久しい訪問でしたが、カツ丼の美味しさも、女将さんも、そしてこのお店で多く目にする、ミックスフライ定食を嬉しそうに食べる年配サラリーマン男性陣の姿もご健在で、変わらぬ佇まいを非常に嬉しく感じました。

超私的な見解なのですが、人形町には、紀元前後のように「新参者以前・後」があると思っています。
昔の人形町は、日本橋での買い物や、水天宮へのお参りのついでに寄る街、あるいは明治座のある街といった認識がほとんどで、遊びに来る人は母世代が圧倒的だったと思うのですが、人形町を舞台にした東野圭吾さんの小説「新参者」が刊行された2009年頃からじわじわと注目されるようになりました。それに伴って、街行く人に若者や旅行者の方を多く見かけるようになり、ビストロやワインバーなどの新しい飲食店も一気に増えたように思います。「新参者以後」の人形町は暫くご無沙汰だったのですが、変わらぬ美味しさの名店の数々は大切に、けれど人形町に更なる活気を運んだお店にも足を運んでみたいという気持ちになりました。
 
思えば、私から母を誘って人形町に出掛けたのは一度きり。当時はまだ珍しかったグルメバーガー目当てに「Brozers」さんに連れて行ったのですが、とても喜んでくれたものです。母に連れられた「小春軒」さんで、驚きと共に味わったカツ丼が私の中で「人形町の定番」として定着したように、これからは私が母に、人形町の新定番との出会いを作ってあげようと思ったのでした。
ごちそうさまでした。

2015年9月某日の旅先: 人形町「小春軒」さん

洋食 小春軒洋食 / 人形町駅水天宮前駅茅場町駅
昼総合点★★★☆☆ 3.5