無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

太陽は動かない(吉田修一)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

--------------------------------------------------------------------------------


南の島に住む高校生・鷹野一彦が諜報部員としての初任務を任され、いくつもの罠や駆け引きに翻弄される一方で、失踪した大事な友の行方を追うという「森は知っている」を先に読んでいたのですが、主人公・鷹野一彦がその後晴れて産業スパイ組織AN(アジアネット)通信の一員として活躍する本作品が、実はシリーズの1作目なのでした。

今回も、中国・日本・ホーチミンなどアジア各国(吉田修一さんらしいアジアの空気感が最高)を舞台に、スケールの大きな情報戦が繰り広げられ、「森は知っている」にも登場した韓国人ライバルや、スパイものに欠かせない謎の美女の存在も加わり、ハードボイルド活劇然とした純エンタテイメントを味わえる作品でした。

本作では、鷹野が部下の田岡と共に、日本・中国に加えて韓国やアメリカなど国家をも巻き込んだエネルギー開発に関する諜報活動に携わるのですが、彼らのそれぞれが正体の見えない敵に拉致されるというピンチにも陥ります。AN通信スパイである彼らの体内には自爆装置が埋め込まれていて、毎日正午に所在の確認が取れない場合、知り得た秘密の漏えいを防ぐため、組織幹部によって自爆装置のスイッチが押されるという恐ろしいルールが課されています。諜報活動にまつわる危険だけではなく、自爆ルールからお互いの身を守るために必死に奔走するという、二重の危機を乗り越えていく二人の姿が描かれています。

一方で、彼らには、スパイとしての仕事を全うして35歳まで生き延びることが出来れば、残りの人生は大金を得て、好きな場所で好きなように生きられる、という条件も与えられています。なぜ彼らは自爆装置を埋め込まれてまでAN通信のスパイとなったのか、何のために、何を信じて生きているのか。その点も、本作の読みどころです。

鷹野がスパイになった経緯は最後の方で明かされますが、私たちの生活のすぐそばで起きている社会的な問題が発端となっています。本作が刊行された2012年から3年経った今も、残念ながら珍しいニュースではなくなったことは哀しい事実であり、ザ・ハードボイルド・エンタテイメントとも言うべきフィクション性の高い本作において、唯一日常と隣り合った生々しさを感じる箇所でもありました。



吉田修一さんの他作品に関する読後所感
「作家と一日」
「森は知っている」