無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

銀座ウエストのひみつ(木村衣有子)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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私の実家では、母のポリシーと(おそらくこちらが主でしょうが)経済的な理由で、お菓子はほぼ母の手作りでしたので、売っているお菓子を買い置くという習慣がありませんでした。それ自体に不満はなく、母の手作りを美味しいと思ってはいたけれど、祖母の家に遊びに行っておやつに出される「銀座ウエスト」リーフパイヴィクトリア(時には「泉屋」のクッキーや、「ゴンドラ」のパウンドケーキが出ました)などは、とっておきの楽しみでした。
 
なんとなく母に後ろめたさを感じながらも、ワクワクしながら食べるそれは甘さも香りも豊かで、子供心に最高のおやつとして位置づけていましたが、本書を読んで「ウエスト」さんの名品ドライケーキの数々が、一層味わい深いものとして、新たに記憶に刻み込まれました。

本書を一言で表すならば、「銀座ウエスト」というお店のひみつ=企業哲学が綴られた一冊なのですが、その押しつけがましくない思想の、なんと奥ゆかしく、折り目正しく、誠実であることか。企業哲学というよりはむしろ、美学と言い換えることが出来るかもしれません。

「銀座ウエスト」さんの社是は「真摯」なのだそうです。あれもこれもと気張らず、手をかけるところと倹約出来るところをきちんと踏まえる。分をわきまえ、足るを知る。物まねした商品には愛着がわかないから、基本的に人の物まねはしない。手作りにこだわり、「飾らず、ほんとうに質が良く、品がいいもの」を作る。たとえお客からの指摘があっても、その自信が揺るぎなければ味を修正したりはしない…などなど。

人の品格を問うているようにも思える言葉ばかりであり、企業として当然のポリシーにも思えますが、そのことに愚直なまでにこだわる姿勢が、「ウエスト」の「ウエスト」たるゆえんなのでしょう。そして、初代からのポリシーを守り貫く二代目社長依田氏のみならず、お店や工場のスタッフにまで息づいている美学が具現化されたものが、多くの人々に愛される「銀座ウエスト」を代表とする店舗の佇まいであり、お菓子の味なのだと思います。
 
ところで、リーフパイを代表とするドライケーキたちが生まれたエピソードや、材料もつまびらかにされている本書は、説明や写真だけではもどかしくて、ひとつひとつ味わいながら読みたくなってしまいます。(特に、青山ガーデンホットケーキの「ひみつ」には仰天!)ドライケーキを片手に読むと、尚一層ワクワク感が増すこと請け合いです。