無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

献灯使(多和田葉子)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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献灯使
多和田 葉子
2014-10-31


一つの問題が世界中に広がらないように、それぞれの国が自国で解決するようにと決まった近未来世界。大災害に見舞われた日本も鎖国政策を取っていますが、東京23区は「長く住んでいると複合的な危険にさらされる地区」と化し、本州も決して安全とは言えません。子供たちの骨や筋肉は退化し、食物を咀嚼する機能さえ覚束ない一方で、老人だけが健康なまま生き永らえ、90代に至ってやっと「中年の老人」と呼ばれ、100歳を超えても死ねないという有様で、希望を閉ざされた世界を描いた小説です。

表題の「献灯使」は、107歳の主人公義郎が、ジュースを飲み下す行為にさえ難儀し、歩くことも困難な曾孫「無名」を、必死に守り育てる日常が描かれます。「死ねない身体を授かった」老人である義郎は、「曾孫たちの死を見送るという恐ろしい課題を背負わされ」、今までの経験や常識が何一つ通用しない世界では「これから生きていく上で義郎が無名に教えてあげられることなど一つもない」ことで自責の念にかられながらも、ただ「いっしょに生きること」しか出来ないという、無間地獄のような毎日を送っています。

ブラックジョーク溢れるこの小説が、東日本大震災に端を発する原発事故に着想を得ているのは明らかですが、そのディティールは決して非現実的なものではなく、むしろさもあり得そうな点がいくつも見つかることに、背筋が凍る思いでした。予言書のようにも感じられるその内容は、グロテスクな挿絵の印象と相まって、不気味でありながら、ぐいぐいと読み手を引き込むのです。

物語の終盤、15歳まで生き延びた無名が「献灯使」に選ばれるのですが、その使命とは、そしてその先にある未来は…。この小説で、私たちが成す「現在」の行為は、確実に「未来」と子孫に影響を及ぼすのだという、当たり前の事実を思い知らされました。もし私たちが過ちを犯せば、そのツケを払うのは未来の大人、すなわち隣で屈託なく笑う幼い子供たちであることを知りながら、どうして私たちは道を誤ることができましょう。「未来」をないがしろにした選択の結果を描いたこの小説は、私にとってはホラーに等しいものでした。