無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

若冲(澤田瞳子)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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緻密極まる画風で有名な、京都の絵師・伊藤若冲の生涯を描いた連作作品です。7つの章で構成されていて、京都は錦小路の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、晩年まで苦悩を秘めながらた絵を描き続けた若冲の人生を追いつつ、それぞれの章では、作品が生み出された経緯と、そのエピソードが紹介されています。

美術館賞はかなり好きなほうで、色々な絵を見ますが、伊藤若冲の作品は、正直苦手な部類に入っていました。代表的な作品、たとえば「紫陽花双鶏図」「仙人掌群鶏図」など、私がこの世で最も苦手とする鳥類、それも鶏(ニワトリ)をモチーフにしたものが多いことが一番の理由で、細部まで描き込まれた鶏の猛々しい表情がリアルで、直視できないほどの恐怖さえ感じました。

そうでなくとも、細部漏らさず精密な筆致には鬼気迫るものがあり、彩色が色鮮やかであればあるほど毒々しく、水墨であればその墨痕さえも不穏なものを連想させ、とにかく気持ちを落ち着かなくさせる作品を描く絵師、というのが、私の伊藤若冲の印象でした。画風同様、猛々しく、奇才と称されるだけの個性の強い人であっただろう、と決めつけてさえいました。

本書で描かれた彼の人となりを知った今、その印象は大きく変わりました。絵筆を使って描くことは、彼にとって生きる喜びとは程遠く、悔恨の念を忘れぬために自ら課した苦行でもあり、世事から離れた場所に身を置く、人嫌いの彼が唯一世間と繋がる術でもあったのでしょう。華やかな色遣いに裏寂しさを感じたり、執念にも似た緻密さに、受け止めきれないほどの多くの言葉が込められているように感じてしまうのは、純粋で不器用が過ぎる故に、絵筆以外では己の思いを伝え切れなかった、彼の人生を知ってしまったからなのかもしれません。

伊藤若冲の生涯に肉薄する筆者の筆力も、若冲同様に緻密で精巧です。丹念に彼の人生を追うばかりでなく、彼の妹お志乃や、実在した池大雅与謝蕪村など、若冲と関わり合う人々についても、細部漏らさず描いています。史実に沿いながらも、物語として確かな読み応えと昂奮を感じさせる組み立て方も、計算し尽くされているなぁと思いました。また、時代ごとに章が区切られている構成は、各章で起承転結があって読みやすいだけでなく、若冲自身の年齢や心情の変化が、時代ごとの作風に影響を与えている様子が、とても良く分かりました。

本書で説明されている、文面での絵の描写も的確で圧巻ですが、画集を傍に置いて読んでいくと、更に若冲の世界観がはっきりと輪郭を持って迫ってきます。不気味で得体の知れない絵という印象は消え、今はむしろ、切々と訴えかけてくるような若冲の絵の多弁さに圧倒されそうです。