無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

メビウスの守護者(川瀬七緒)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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「147ヘルツの警鐘」「シンクロニシティ」「水底の棘」に続く、法医昆虫学捜査官・赤堀涼子シリーズ第4弾です。

今回は、東京都西多摩でバラバラ死体の一部が発見され、その殺人事件の捜査に協力するのですが、赤堀の相棒刑事・岩楯は、杜撰な遺棄方法、切断したばかりか動脈をも引き出した可能性も考えられる常軌を逸した死体の扱いなど、現場に違和感を覚えます。また、赤堀がいつものように死体に付着した虫の発育状態から導き出した死亡推定時刻と、解剖医の医学的観点から推測されるそれが食い違い、死体の他の部位は全く見つからず、のっけから捜査は壁にぶち当たり…というあらすじです。

シリーズを通して、どの作品も決して食事中に読んではいけません。死後経過した死体のおぞましさもさることながら、ウジやハエなど生理的嫌悪を催す虫の描写が圧巻で、気色悪さは折り紙つきです。しかし、法医昆虫学者の赤堀が「虫の声」を聞き、気の遠くなるような地道な収集と分析を経て、岩楯刑事と共にじわじわと真実に迫ってゆく様子が痛快で、頁を捲る手が止まらず、夢中で読んでしまいます。

クモが大の苦手な岩楯刑事が、だんだん事件現場に生息する虫たちを見慣れてしまっているように、私も徐々に耐性が出来ているのかもしれませんが、それ以上に、登場人物たちの個性豊かで人間身溢れるキャラクターや、虫の生態から導き出される謎解きの面白さこそが、本シリーズが単なる猟奇ミステリーに終わらない所以だと思います。

また、人間の想像を超えた、昆虫たちの正確で無駄のないメカニズムには、毎回舌を巻きます。彼らは、生きて子孫を残すという自然の摂理に従い、植物や動物と共に織りなす生態系のひとつとして、調和を保って生きているに過ぎませんが、その生命力と知恵には驚かされます。
 
「ボタニカ問答帖」を読んだときにも感じましたが、動植物たちの巧妙で完璧な生態は人智の及ぶところではなく、人間だけが自然の摂理に反し、無様に足掻いているようです。本シリーズは、昆虫たちの賢さとは対照的な、そんな人間の愚かしさが浮き彫りにされ、読み終えた後には、謎解きの快感と共に一抹の無力感も覚えてしまうのでした。