無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

その女、アレックス(ピエール・ルメートル / 橋明美 訳)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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パリに住む女性アレックスが、ある夜見知らぬ男に拉致されます。小さな檻に監禁され、身体の自由を奪われたまま徐々に衰弱していく彼女は、何とか脱出して生き延びたいと試みるのですが…。あらすじを紹介出来るのはここまで。とにかく、どんでん返しに次ぐどんでん返しで、第一章を読み終えただけでは、とても最後の結末を予想できるものではありません。こんな推理小説、初めて読んだ!という驚きに満ちた一冊でした。

訳者あとがきに、本作を批評したミステリ評論家の言葉が引用されていますが、「次に何が起ころうとしているのかやっと理解出来た、と思ったとたん、足をすくわれるということが二度も三度もあった」という一文が、私が抱いた読後感を代弁してくれています。けれど、読者を翻弄する意外な展開は、その奇抜さだけが印象に残るものではなく、人の底知れぬ邪悪さに対する恐怖、想像を絶する悲しみ、絶望といった感情に、強く強く揺さぶりかけてくるものです。

残虐でおぞましい場面も登場する中で、事件を追う警察側、「ミステリ史上最小」とも言える警部カミーユと、その仲間たちの描かれ方は、読者にとってひとつの救いとなります。カミーユ自身も、ある悲惨な過去を背負っており、決して明るいバッググラウンドではないのですが、ひとくせもふたくせもある彼ら(このあたりの人物描写がフランスっぽい)の奇妙な友情が、いっとき緊張感を解きほぐしてくれます。事件を解明していくことによって、カミーユ自身の魂も徐々に救われていく様子は、悲しみや憎悪の感情が多くを占める本書において、唯一、希望の光を感じる場面でもありました。

本シリーズの第1作は日本では本書の後に翻訳出版された、「哀しみのイレーヌ」なのだそうです。本書でも随所で触れられている、カミーユの壮絶な過去の事件が描かれている作品ということなので、こちらも是非読んでみたいと思いました。