無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

武道館(朝井リョウ)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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武道館
朝井 リョウ
2015-04-24


アイドルグループ「NEXT YOU」のメンバーである高校生の愛子は、幼い頃からひたすら歌と踊りが好きだった女の子。大勢の観客を前にパフォーマンスをする喜びを得たくて、武道館ライブを目標に、5人のメンバーたちと共に地道な芸能活動をする愛子でしたが、知名度と人気が上がるにつれ、彼女たちを取り巻く環境が徐々に変わってゆきます。

悪意に満ちた視線や、執拗なバッシングにも慣れてしまった子、「アイドルとしてあるべき姿」をストイックに固持する子、自分の進むべき道に行くためにグループから離脱する子など、アイドルとしての立ち位置を模索する面々。愛子もまた、人生のいくつもの局面で、何かを判断し、選びとろうとする機会まで奪われてしまう、アイドルとしての生き方に、次第に疑問を抱きます。そして、遂にNEXT YOUの悲願であった武道館でのライブを目前に控えたある日、事件が起こり…というあらすじです。

アイドル好きで知られる朝井リョウさんが、武道館を目指すアイドルたちをどんな風に描くのか、楽しみにページを開きました。これまで特定の芸能人のファンになったり、アイドルのイベントとは無縁で生きてきた私には、その世界は表裏含めて目新しく、とても面白く読みました。しかし、本書は、アイドル以前の一人の少女が、思春期に通過する苦悩や喜びの物語であり、生きていく過程で何を選び何を捨てるか、自分にとって何が大切なのかを見極めようとする成長物語でもありました。

一番興味深かったのは、そんな一人の少女である愛子の、「見られる側」に立っている者の視点で捉えたファン心理と、その先に存在する社会の描かれ方です。本書は、芸能関連に限らず、ネット社会に横行する「顔の見えない悪意」と、それを見聞きする私たちに、疑問を呈する社会小説であるようにも読めました。

知名度が上がるにつれ、メンバーたちは、アラ探しの如く悪意に満ちた視線にも晒されることになります。恋愛はタブー視され、発言や所有物までに目を光らせるファンからは、「ファンから搾取した金で贅沢しやがって」と反感を買うことも。「アイドル(偶像)」とはよく言ったもので、神様のイメージに恋愛や華美な暮らしがそぐわないように、神格化された彼女たちは、人間らしい生活を送るよりも、ファンが望む姿であらねばならないことを思い知らされます。

しかし、行き過ぎたバッシングに怒りを覚え、世論に疑問を持ち始めた主人公・愛子は、やがて気づきます。NEXT YOUのファンの中には、声高に何かを叫びはしないけれど、握手会やコンサートに足繁く通い、純粋に彼女たちの歌や踊りを称賛し、応援してくれる人たちもいることに。彼らのような「声なき好意者」も世の中にはたくさん存在するのに、一部の「顔の見えない悪意」の過度な饒舌さによって、バッシングや炎上事件だけが悪目立ちし、あたかもそれが世間一般の声、マジョリティの考えだと思わされてしまう怖さに。

朝井リョウさん「何者」を読んだ時にも考えたことですが、匿名性の高いネット上で、誰もが自由に発言出来る社会になってからというもの、私たちはあまりに容易く、悪意をひけらかすようになってしまってはいないでしょうか。自分自身も鑑みての意見ですが、ネガティブな思考に基づいたマイナス・ワードというものは、ポジティブなそれに比べて、遥かに思いつきやすく、言葉にしやすいのです。誰かを褒め称えるために、相応しい言葉を探すのはとても苦労しますが、中傷・バッシング・苦情・批判など、誰かを非難する言葉は、ぱっと頭に浮かんでしまうものです。そして、非難や中傷の声の方が、称賛の声よりも、ずっとずっと広く、深く、早く、行き渡ってしまう気がしてなりません。
 
何者
朝井 リョウ
新潮社
2012-11-30


脇の甘い誰かの尻尾を捕まえて、大袈裟に騒ぎ立てる人間は、きっといつの世にもいるのでしょう。しかし、それを耳にする私たちは、「彼らの声」=「皆の声」だと錯覚してはならないのだと思います。見たいものだけを見て、聞きたいものだけを聞き、それ以外を徹底的に排除しようとする「匿名を隠れ蓑にした悪意」は暴挙としか言いようがありませんが、私たちもまた、面白おかしく報じられるそれらを、そのまま手に取るだけではなく、自分の目と耳と頭で選び、判断出来る人間でありたいものです。サイレント・マジョリティすなわち、思考停止集団ではないのですから。
 
尚、最後まで疑問が残ったのは、アイドルの定義と、アイドルになりたいと願う人のモチベーションです。主人公の愛子は、大勢の前で歌と踊りを披露したいという思いが、アイドルという形で結実していたので比較的理解出来たのですが、そうでない人もいるのでしょうか?つまり、それこそ神格化された偶像になること自体を、目的とする人が…。ミュージシャンやダンサーと、アイドルとの境界線が、未だに良くわからない私です…。

朝井リョウ さんの他作品に関する読後所感
「世にも奇妙な君物語」