無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

火星に住むつもりかい?(伊坂幸太郎)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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火星に住むつもりかい?
伊坂 幸太郎
光文社
2015-02-18


本書の世界では、全国に巡回制で設けられた「安全地区」に配置される「平和警察」のもと、犯罪を未然に防ぐために危険人物の検挙活動が行われています。一般住民から情報を収集するという名目ですが、実際には住民同士の密告や、平和警察にとって都合の悪い人物がマークされ、取り調べという名の拷問の末、汚名を着せられたまま公開処刑で斬首されることに。

嗜虐嗜好を持つ人物たちが集まる平和警察の横行により、恐怖政治に支配された世界で、一度「危険人物」のレッテルを貼られた人たちには、成すすべがありません。「どれだけ不満があろうと、今この社会をいきていくしかないよね。(中略)それとも、いっそのこと火星にでも住むつもり?」と問いかけながら、拷問を行う平和警察。と、そこに、フルフェイスヘルメットを被った全身黒ずくめの人物が乗り込んできて…というあらすじです。

過激な架空設定のもと、デフォルメされた悪行や、登場人物たちのひょうひょうとしたセリフのせいで、どこかファンタジックな気配すら感じるのですが、それが決して絵空事とは思えず、むしろこんな世界は私たちのすぐ近くまでやってきているのでは、と思わせる怖さを孕んでいるのが、伊坂さんの作品らしいと思います。日本にも戦時中の特高警察の例があったのですから、一歩間違えれば、こんな世界に足を踏み入れてしまいそうな私たちに「これ、フィクションだと思ってるでしょ?」と伊坂さんが警鐘を鳴らしているような気がしてなりません。

また、他の作品にも言えることですが、常識的な良心を持つ一般市民が、成り行きで国家権力と相対することになるのも、象徴的。結局、私たちが、社会を変えてゆきたいと考える時、突如現るヒーローに救ってもらうのを夢見るのではなく、私たち自身で対峙するしかないのです。

初期の作品から一貫して、実は冷徹で、残酷な描写が多い伊坂さん。しかし、今回はこれまで以上に、えげつない直截的なセリフ、エピソードも盛り込まれていて、尚のこと、様々な懸念や、ある種の覚悟のようなものを持って、本書を書かれたのでは、と推察します。

エッセイ等を拝見していると、伊坂さんはご自身のことを、かなり心配性でペシミストな傾向と分析されていて、あとがきにも「自分でもどうにもできない恐ろしいニュースを目にし、落ち込んだ時」に聞いたデヴィット・ボウイの「Life On Mars?」がタイトルにつながっていると書かれていますが、そんな方だからこそ、今の社会がより悪い方に進んだ末のことまで、想像出来てしまうのでしょう。

いつもながら、ラストでは見事に伏線回収され、すっきりとまとまってはいるのですが、爽快感以上に不安感が残りました。ぼんやりうかうかしていると、あっという間に、火星に逃げ出したくなるような世界になってしまうのでは…と焦燥感さえ覚えました。

なお、本書には「草薙」さんなる人物(女性)が登場します。デビュー作「オーデュボンの祈り」にも草薙青年が登場しますが、何か意味があるのでしょうか…?ちょっと気になりました。

オーデュボンの祈り (新潮文庫)
伊坂 幸太郎
新潮社
2003-11-28


伊坂幸太郎さんの他作品に関する読後所感
「陽気なギャングは三つ数えろ」
「ジャイロスコープ」