無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

薄情(絲山秋子)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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薄情
絲山 秋子
新潮社
2015-12-18


群馬に暮らす主人公・宇田川静生は、ゆくゆくは伯父の跡継として神主になることだけは決まっているものの、それだけでは生計を立てられない実情や、結婚、跡取り問題も含め、考えるべき将来のことをひとまず棚上げしたまま、漫然と日々を過ごしています。「おれのサイコロは0と1しかない」と自己分析している宇田川は、東京から移住してきた木工職人の工房に出入りしたり、久しぶりに地元に帰ってきた高校の同級生との再会するも、つかず離れずの距離を保ち、他者との深い関係を避けています。

やがて、彼の暮らす地元である事件が起きたことをきっかけに、宇田川は、自分自身や、他者との関係について、徐々に己の内面との対話を深めてゆきます。タイトルの「薄情」という言葉は、終盤に宇田川が辿り着く答えらしきものにも関係してくるのですが、全編を通して、実在と不在、自分と他人との境界線、ひいては人間関係について、深く考えさせられる作品でした。

絲山さんの作品らしく、本書には、高崎、前橋、渋川、高山村など群馬県内のあちこちの地名が出てくるのですが、改めて、東京に住んでいながら、関東圏内の地理に疎い自分に気がつき、地図を片手に読みました。宇田川のとりとめもない思考は、県内を車で走らせている場面とリンクしていることが多く、浮かんでは消えてゆく思考と窓外の景色、土地者とよそ者との境界線や、宇田川が考える「境界の区域」など、人間関係と地形的な距離との対比がとても面白く、共感出来る部分が多くありました。殊に、私は筋金入りのペーパードライバーなので、このような、車を走らせながらの瞑想スタイルに強く憧れる者です。

また、これまでの絲山さんの作品同様、その土地が持つ空気の冷たさや厳しさの印象が、強く心に残りました。過去の作品では群馬については空っ風についての描写が多く、私の中の群馬のイメージが固定してしまったほどですが、本作の冒頭では、2014年2月の豪雪(平成26年豪雪)の時の群馬の様子が描かれていました。全くの偶然ながら、東京に初雪が降った日に本作を読み、雪に降りこめられている間のしんとした静けさの中、眩暈を感じるほどの雪に埋もれた宇田川の物語と同化しているような錯覚を覚えました。奇しくも、その日の我が家の夕食は、本作同様常夜鍋。この先これを食べるたびに、何度もこの本のことを思い出すことでしょう。