無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

あの家で暮らす四人の女(三浦しをん)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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善福寺川沿いの古い洋館に住むのは、刺繍作家の佐知と、その母鶴代、佐知の友人のOL雪乃、その後輩多恵美の4人。話の噛み合わないマイペースな母に翻弄され、「老後について考えると気絶しそうに」なりながらも、同じ年の雪乃と「第二の思春期」じみた会話をしたり、個性豊かな面々とそれなりに楽しい暮らしを送っている佐知ですが、多恵美が付き合っていた男性のストーキング行為も心配だし、壁の張替えに来た内装業者も気になるし、母が黙して語らない父の存在も密かに気になっていて、なかなかに気が休まらない毎日。そんなある日、「開かずの間」とされていた部屋の片づけを試みた雪乃の手で、思わぬ事態が生じ…というあらすじです。

文中でも語られる通り、谷川潤一郎の「細雪」をモチーフにしている作品ですが、そこは三浦しをんさんらしい味付けがなされていて、ちょっとおかしな4人のやりとりや、掃除や料理や買い物などの何気ない日常の風景が、とても温かなまなざしで描かれており、日々の暮らしの積み重ねが人生を作っているのだという当たり前のこと、それらがなんと尊く愛しいものかということを、しみじみと感じます。

また、佐知と鶴代以外血縁にない彼女らが、「一年以上、ほぼ同じものを食べ、ほとんど同じ空気を吸って寝」る日々を重ねてゆくことで築かれる関係性も、素敵に思えました。大人である彼女たちは、自分たちが「さびしく愛おしい魂を抱えた生き物」であることも、「人間同士のあいだに真の理解は成立しない」ということも承知しています。しかし、お互いの言動を温かく見守り、遠慮のなさと思慮深さを弁えた暮らしの中で築かれる彼女たちの関係性は、静かで強く、とても豊かななものに感じられました。

人と人とのつながりは、血縁や一緒にいる時間の長さだけではないということ、そしてこんなふうに、人はつながり合えるんだということ。三浦さんの手によってさりげなく差し出されたその真理に、救われるような気持ちになり、胸の内の隅々まで温かいものが広がりました。

三浦しをんさん
の作品は、新作を読むたびに「これが今までで一番面白い!」と思ってしまうのですが、今回の「あの家で暮らす四人の女」は、三浦さんが描いた極上のお伽噺であり、宝物のように美しい作品です。これほどまでに人間という生き物を愛おしく感じ、人と人との関係について確かな希望を抱けた作品は久しぶりで、早くも私の今年のベスト10入りの一冊となりました。