無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

琥珀のまたたき(小川洋子)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

--------------------------------------------------------------------------------


小川洋子さんの作品を読んだ時の気持ちを、的確に表すことが出来ません。作品を説明しようとするならば、最初の1ページ目から最後の句読点まで、一語たりとも過たず、取りこぼすこともなく書き写さなければならないでしょう。それほどまでに、小川洋子さんの紡ぎ出す一字一句は美しく、完璧だと思うのです。

普段はもっぱらストーリー性の高い起承転結ある物語を好み、詩や短歌などの言葉の連なりや響きを美しいと感じこそすれ、芯から理解出来てるとは言い難い無粋者の私ですが、小川洋子さんの作品を読むときだけは、そのめくるめく世界観に浸りつつ、美しい言葉たちの波にたゆたう多幸感でいっぱいになります。目で追いかける字面も、音読してみた時のリズムも、全てがうっとりするほど美しく、同じ日本語で読み書き話す者として、どうしてこうも扱い方に差があるのかと驚きを禁じえません。と同時に、自分が、小川さんが綴った原文のままを味わうことの出来る日本語ネイティブで良かったと、心から思います。

本好きが読書のひとときを邪魔されるのを嫌うのは当然ですが、小川さんの作品を読むときはとりわけ、一時たりとも中断せず、心ゆくまでその世界に浸っていたいと思います。「猫を抱いて象と泳ぐ」は、旅先の湯布院に携えていった本ですが、現地で激しい雨に降りこめられ、珍しく奮発した居心地の良い旅館の一室で、その世界を堪能するという贅沢を味わいました。「ことり」の時には、非日常を感じる場所で読み終えたくて、神楽坂の喫茶店閉店時間まで過ごしてしまいました。今回の琥珀のまたたき」も、気に入りの喫茶店で、ページをめくるごとに聞こえるかそけき音に耳を澄ますかの如く丹念に、そして、左手で押さえるページが残り少なくなってゆくことにさみしさを感じながら、読み耽った一冊です。
 
胸を揺さぶられるような、あるいは、嗚咽をこらえるような激しい感動はありません。ただ、優しく微笑んで良いのか、切なくて泣いてしまえばよいのかわからない、言葉に出来ない感情が、胸の奥にしんしんと雪のように降り積もってゆくのを感じます。それは、魂が浄化されるようなかけがえのないひとときであり、「幸せ」と呼ばれるもののひとつのように私には思えます。