無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

金魚姫(荻原浩)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

--------------------------------------------------------------------------------


主人公の潤は、就職難の末に滑り込んだブラック企業での過酷な日々に疲弊し、同棲していた彼女とも別れてしまい、死にたいと思い詰める日々。ある日、ふと立ち寄った近所の祭りで、金魚の琉金を手に入れて自宅に持ち帰ります。ところが、その金魚はあろうことか、女性の姿に変わって潤の目の前に現れます。病気のせいで幻覚を見ているのだと必死に目の前の出来事を否定する潤ですが、えびせんをねだり、テレビを観ながら次々と現代用語を覚える彼女が消えることはなく、ようやく現実を受け入れた潤は、リュウと名付けた彼女との奇妙な暮らしを余儀なくされます。

リュウと出会ったことで、死んだ人の姿が見えるなど潤自身にも変化が起き、鬱病で沈み込んでいた彼の生き方も次第に明るいものに変ってゆきました。一方で、彼女がなぜ人間の姿に変わるのか、そして何の目的で生き永らえているのか、記憶を失くしたリュウが持つ、僅かな記憶の断片を手掛かりに、二人はリュウの過去を探り始めます。やがて、遥か昔にリュウが経験した哀しい出来事と、彼女が潤の前に現れることになった因果が解き明かされるのですが…。

これまで荻原浩さんの作品には、あまりピンと来るものがなくて、手を伸ばすことが少なかったのですが、美しい装丁に惹かれて本書を手に取りました。そして、擬態語で描かれる、この世のものでない金魚(の化身)の愛らしさや、彼女とのドタバタと滑稽な日常、別れた(人間の)彼女との顛末、生きることに絶望していた潤の心境の変化、そして彼自身の、忘れたくも忘れられなかった過去など、ひそやかな笑いと静かな哀しみに満ちた世界に、すっかり引き込まれてしまいました。

潤が次第に、リュウとの暮らしを手放し難くなってしまったように、読者である私も左手を添えるページが残り少なくなってゆくのが寂しく、ラストでは図らずも涙してしまいました。本書は、人ならざるものが登場するファンタジーであり、不可思議な謎を探るミステリーであり、美しくも哀しいラブストーリーでありました。