無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

私的読食録(堀江敏幸・角田光代)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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私的読食録
プレジデント社
2015-10-29


「食」にまつわる本について、堀江敏幸さん角田光代さんが隔月担当で執筆されている、雑誌「dancyu」の人気連載を一冊にまとめたものです。200回を超えて今尚続いているこの連載は私も愛読していますが、こうして本になってまとめて読むと、読んでみたくなる本がたくさん紹介されていたことに気がつきました。

人間が生活していくうえで必要とされる「衣食住」のうち、人間臭さが最も如実に表れるのが「食」であると、私は思っています。味覚や嗅覚などの五感を刺激されることが多いせいでしょうか、良くも悪くも記憶に結びつきやすく、その人自身が辿ってきた歴史と密接な関係にありますし、食べ物や「食べる」行為に対して、どのようなスタンスを取っているかで、その人の背景がイメージしやすくなります。

これは実生活での対人関係においてはもちろん、書物の場合は、自伝であれば著者その人自身の、物語の登場人物であればその人物の、キャラクターがより際立ち、体温が感じられるような気がします。どんなに気難しげな文豪も、妙に食い意地が張ってたり、いっぷう変わった食べ物を偏愛していたりする様子が詳らかにされた雑記などを読んでしまうと、たちどころに「愛すべき偏屈」に見えてきたりするから、不思議です。

本書では、書物における「食べ物」の独特な魅力(魔力?)についても語られています。シズル感を強調したカラー写真や、タレントが大袈裟に褒め称える食レポよりも、紙に印刷された文字のみで綴られた食べ物の描写の、なんと蠱惑的なことか。想像力を強烈に刺激される記述に出会い、もう居ても立ってもいられず、夜中にキッチンに立つことなど日常茶飯事です。

最も共感したのは、角田光代さんの「小公女」についての記述です。角田さんがあらすじ以上に鮮明に記憶にとどめていたのは、サアラが「甘パン」を買う場面だったそうですが、大人になってからも、未だ見たことも食べたこともない「甘パン」の、香りや食感、味までしっかりと記憶に刻まれていたというのです。
 
小公女 (岩波少年文庫)
フランシス・ホジソン・バーネット
2012-11-17


私もかつては、ぐりとぐらのカステラを、インガルス一家の食卓を、フランシスのジャムつきパンやミートボールスパゲッティを、そして、大人になるまで実物を見たこともなかったガンボシチューやミンスミートパイを、確かに味わっていたのです。「バビーズ」で生まれて初めてキーライムパイを食べた時、なんだかとても懐かしい気持ちになったのは、そうやって本の世界で舌鼓を打った記憶が、きちんと私の中に残っていたからに違いないのです。




 
しかし、本書において注目すべき点は、食べ物云々ではなく、お二人が執筆されている文章そのものです。本書は、切り口こそ「食」ですが、紹介している本の数々の世界観を過たず伝える、上質なブックレビュー集でもあるのです。ですから、紹介されている本を読んでみたくなるのは、決して「引用されている食べ物が美味しそうだから」ではなく、「その世界観にどっぷり浸かってみたい」と思わせる文章によるものです。本当にどれも素敵過ぎて、お腹一杯です!

角田光代さんの他作品に関する読後所感
「坂の途中の家」
「世界は終わりそうにない」
「今日も一日きみを見てた」
「おまえじゃなきゃだめなんだ」