無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

盲目的な恋と友情(辻村深月)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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盲目的な恋と友情
辻村 深月
新潮社
2014-05-22


前半は、大学アマチュアオケ部に所属する女子大生・蘭花の視点で描かれた、指揮者・茂実星近と彼女との、激しくも狂おしい恋愛を描いた『恋』、後半は、蘭花と同じオケ部に所属する留利絵が語り手となり、やがて蘭花にとって最良の「親友」となる留利絵の心の内を描いた『友情』、これら2章で構成された物語です。

読み始めた当初は、タイトルの「盲目的な恋と友情」の修飾語は、初めての恋愛に溺れた末に破滅へと向かうの主人公・蘭花の姿にかかる言葉であり、すなわち『盲目的な恋』と、『友情』の物語だと思っていたのですが、2章目の「友情」を読んで気がつきました。これは『盲目的な恋』と、『盲目的な友情』の話なのでした。

「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」「太陽の坐る場所」などの作品にも似た、美醜を始めとする様々なコンプレックスに絡め取られ、手の施しようがないほどこじれまくっている女性たちが、思いに思い詰めて悲劇を生むという、鬼気迫るストーリーに圧倒されました。あらすじだけを要約してしまうと、ありがちで陳腐な内容なのですが、それを息もつかせぬ勢いで最後まで一気に読ませてしまう勢い溢れる筆致は、本当に凄いと思います。
 
理性では説明がつかない高揚感や多幸感、果てのない疑心暗鬼、自制心との闘いなど、恋愛中のあらゆる感情をつぶさに描く一方で、コンプレックスがねじくれた人間の愚かさや救いのなさ、痛々しさを、残酷なまでにえぐりだしていく描写に、息を詰めてしまうほどの緊張感を感じながら読みました。こういう人を、私は知っています。これまでの人生の色々な場面で一緒にいたあの人や、この人。そして、自分自身の中にも。蘭花や留利絵や、蘭花の恋人の星近を、自意識が過ぎる余りの愚かさを持った「誰か」を、私は確かに知っているのです。本当は隠しておきたいその後ろ暗さや恥ずかしさを、辻村さんはいとも簡単に曝け出します。

辻村さんは、主に集団で居合わせる時に、こういった人が起こす、緊張感が走る微妙な空気や、気まずい一瞬をも、あまさず、ぼかすことなく、描き切ります。その容赦のなさは、こちらが泣きそうになるほどで、読んでいる間、指先が凍りそうな思いを何度も味わいました。いたたまれなくなるのが嫌なあまり、こういう場面に出くわさないよう回避する私のようなタイプとは違い、この人はきっとその成り行きを注意深く見守り、その時に感じた思いをしっかと心の奥に刻み込んでいたのではないか、と思わせる冷徹さがあります。だから、辻村深月さんの作品を読んでいるといつも、事なかれ主義に日和っている私の奥深い部分に手を突っ込まれているようで、非常に落ち着かない気分になるのです。

2人の視点から描かれた1つの物語は、『友情』のラストでクライマックスを迎えます。『恋』の終盤で示唆されたある秘密が『友情』でも明かされ、『盲目的な恋』と『盲目的な友情』に決着がつくと思いきや、最後の最後に用意されていた思わぬ展開に、ぞくっとなりました。このラストは予想だにせず、暫し驚愕したのち、いや、これこそが辻村さんの真髄だ、と深く納得したのでした。

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「ハケンアニメ!」