無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

消滅 - Vanishing Point - (恩田陸)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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舞台は近未来の日本。超大型台風が接近する中、海外各国から帰国した日本人たちが空港に帰着。通信障害が発生したり、謎の衝撃音が響き渡るなど不審な現象が発生する中、男女11人が入国審査で止められ、別室に連行されてしまいます。そこには何故か、飼い主不在で迷い込んだ1匹の犬も捕獲されていました。

状況が把握出来ずにいる彼らにもたらされたのは、驚くべき情報。この中に「消滅」というキーワードを用いてテロを画策している人物がおり、今日中にその人物を見つけ出す必要があるというのです。年齢も職業も滞在国も異なり、日本人であるという共通点だけをもつ彼らの誰が、テロリストなのか?やがて台風の影響で封鎖されてしまった空港内で、一室に隔離された彼らは、果たしてテロリストをあぶりだすことが出来るのか…というあらすじです。

封鎖された空港内の密室に集められた11人、という典型的なクローズド・サークルの状況下で、まだ事件が起きているわけではなく、これから何が起こるのかも分からない、という謎だらけの状態。登場人物たちそれぞれの思惑と、彼らの会話の応酬だけで物語は進行し、ごくごく僅かな手がかりを頼りに推理が進められてゆくという、ミステリ好きには嬉しい王道の設定ながら、いくつかの奇抜な設定が加味されているのが恩田陸さんらしい作品です。

恩田陸さんの作品を全て網羅しているわけではないのですが、この「消滅」に限らず、恩田作品は舞台演劇を観ているようだなぁと感じることがあります。セリフの応酬はもちろん、動作や仕草の細かい描写、人物たちの心のつぶやきなどが、台本のように事細かに描かれていて、演出家である恩田さんが隅々まで目を行き届かせ、万事抜かりなく采配を振るった完璧な舞台を用意してくれているように思えるのです。

本によっては、登場人物たちが作者の手を離れて、あたかも自身の意思で生きているかのような作品世界もある一方で、恩田陸さんの作品は、書き手である作者の存在がはっきりと感じられます。登場人物たちに血が通っていないとか、リアリティがないという意味ではなく、作者の思惑やたくらみが透けて見えるがゆえに、読み手がその意図を更に推理する、というと共犯意識めいた楽しみを覚えるタイプの作品だと思うのです。

個人的には、この「恩田ワールド」ともいうべき独特の作品世界が魅力で、最初のページを開くときにワクワクしてしまうのですが、今回も530ページの世界のあちこちで手掛かりを捜しつつ、楽しく読み終えました。全体的に暗いトーンの作品が多いように思う恩田さんの著作ですが、本作の初出は読売新聞連載だそうで、なるほどショッキングなタイトルと物騒な出だしに反し、希望の持てる結末にほっとしました。

恩田陸さんの他作品に関する読後所感
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