無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

盗まれた顔(羽田圭介)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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主人公の白戸は、駅や繁華街の雑踏を歩き彷徨いながら、何万もの顔の中から指名手配犯を捜し当てるという「見あたり捜査」を行う警視庁捜査共助課の刑事。記憶した手配犯の顔と勘を頼りに、いつ現れるともしれない犯人との遭遇を待つという地道な捜査で、他の2人の仲間と共に、新宿、渋谷、池袋、銀座、浅草、小岩、水道橋、と都内各地をパトロールする日々を送っています。プライベートでは、出会い系サイトで知り合った女性と5年越しの同棲生活を送る白戸ですが、彼女の行動に違和感を覚え始めています。

ある日、逮捕した逃亡犯の男から不可解な言葉を投げかけられ、と同時に、事態を遠巻きに見守る群衆の中に、記憶の残像がよぎる白戸。その後、彼は別件で逮捕した男の搬送中に、信じられないような事態に巻き込まれてしまいます。やがて、理由もわからないまま正体不明の男たちにつけ狙われ、捜す側から探される側に回ってしまう白戸。一方で、同棲中の女性には、不信を覚える行動が端々に見られ…。

見あたり捜査という捜査方法は本書で初めて知りましたが、冒頭で描かれている、毎日100万人が行き交う新宿西口で手配犯を見つけるまでの捜査の様子が圧巻です。新宿に限らず都内繁華街の人の多さを鑑みれば、住所も定まらない逃亡犯がその人波に偶然紛れていることなど奇跡にも近く、干し草の中から縫い針を捜すような、その途方もない忍耐力を要する捜査に、5年も携わっている刑事が主人公という斬新な設定に驚きました。読み始めた時には、このデジタル全盛期に、随分とアナログな捜査を行っているものだと訝っていましたが、文中で明かされるその任務の必要性には、なるほどと思わせる説得力がありました。

見あたり捜査を行う場所に関しては捜査員に委ねられており、都内全域のどこで捜査しても良く、たとえ現場に向かわずサボっていたとしても咎める人間はいないという特殊な任務。その代わり、捜査遂行中である身分を悟られてはならず、手配犯を逮捕しなければ評価対象にもならないという、ガチガチの成果主義の世界。たとえ手配犯に気がつかずに取り逃してしまっていても、それは神のみぞ知る事実という、顔の覚えがいいという記憶力の良さだけでは到底遂行できない、強靭なメンタルを必要とするタフな任務です。実際、彼らは無逮捕何日目と数える習性をもち、白戸の部下は数カ月も手配犯を見つけられないというスランプに陥ります。

ミステリ仕立ての警察小説はありますが、メンタルに強く影響する、見あたり捜査という任務ならではの心理描写が緻密で、犯人探しや謎解きの興奮ではなく、真綿で首を絞められるようなジリジリとした焦燥感や、指名手配犯の行動原理を想像して網を張る心理戦などに、高揚感をかき立てられる小説でした。

また、一度覚えた顔は忘れない特異能力ゆえ、探すべき対象から外れた人間も含めて3000人もの顔を記憶している白戸が、見覚えのある顔に出くわし身体が反応する日常に疲弊し、果てには自分や彼女の真贋にも及ぶ哲学的な問いかけも含む、不思議な世界観に引き込まれました。終盤に明かされる事件のあらましや、同棲中の彼女の謎など、物語の着地点にはすっきりしないものを覚えましたが、それを差し引いても、大変読み応えのある一冊でした。