無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

絶唱(湊かなえ)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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絶唱
湊 かなえ
新潮社
2015-01-22


阪神淡路大震災で双子の妹を喪って以来、自分を取り戻せずにいた女子大生。震災後、結婚を控えた身で国際ボランティア隊の隊員として日本を離れる女性。望まぬ妊娠を経て孤軍奮闘するも瀬戸際に追い詰められ、バカンスと嘯いて大切な人に会いに行くシングルマザー。彼女たちは皆、阪神淡路大震災にまつわる記憶を忘れられぬまま、ある決意を秘めつつ、フレンドリーアイランドと称されるトンガ王国へ向かいます。現地でゲストハウスを営む女性・尚美も交えて、トンガで日々を過ごすうちに、彼女たちが抱えていた思いが静かに解き放たれ…。

東日本大震災と共に、私たちの記憶に残る阪神淡路大震災ですが、南太平洋に浮かぶトンガ王国という、悲劇とかけ離れた明るいイメージを連想する場所から、震災にまつわる記憶に思いを馳せるという意外なアプローチに斬新さを感じました。著者の湊かなえさんは実際に、青年協力隊隊員としてトンガに赴任していたそうで、トンガという土地の空気感や人々の人懐こさが丁寧に描かれていて、彼の地への愛を感じます。

しかし、明るく穏やかな南の島の素晴らしさが描かれるほどに、そこへやってきた女性たちの追い詰められた内面の苦悩が際立ち、息苦しさを覚えました。こんなにも牧歌的な国にまで逃げ込まなければ、彼女たちは心の整理をつけることが出来なかった。トンガ王国が舞台となったのは、斬新さを狙っているのではなく、ここでなければならない必然性がありました。

物語に登場するのは、辛くも震災の難を免れて生き残った女性達ですが、本書では震災で大切な人を喪った悲しみ以上に、様々な葛藤を抱えて生き続ける彼女たちの苦しさに焦点が当てられています。人間の及ばぬ力によってもたらされた崩壊は、肉体や環境といった物理的な喪失以上に、人々の心を打ちのめし続けるのだとは頭では理解していたつもりでしたが、その図りしれない傷の深さの前には、発するべき言葉が見つかりません。本書タイトルでもある最終章絶唱では、別の女性の手紙による告白が綴られますが、切迫した状況下での行動によって、人間の本質的な部分がはかられてしまう残酷さとやりきれなさに、胸が詰まりました。

本書は私小説ではなくフィクションと捉えて読みましたが、トンガ赴任も含め、その端々には湊さんの実体験も数多く含まれているのだと推察します。湊さんがこの物語を綴るまでに20年という時が必要だった背景には、本書のストーリーにも似た様々な葛藤があったであろうことも、想像に難くありません。この物語の登場人物たちも、震災がなければ必要のなかった十字架を背負い続けたまま生きてきた人ばかりです。しかし、それぞれが再生の一歩を踏み出そうとする結末には、小さくも確かな希望の光を感じました。