無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

砂の街路図(佐々木譲)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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物語は、主人公の俊也が、通称「郡府」と呼ばれる北海道のとある運河町に降り立つところから始まります。母の四十九日を終え、遺品整理で見つかった父の遺品に導かれてこの地にやってきた俊也ですが、彼の心の内にわだかまっていたのは、20年前に突如俊也と母の前から姿を消し、この運河町で溺死体として見つかった父の過去でした。時間が止まったような小さな運河町を歩き回りながら、この町にある法科大学漕艇部員であった頃の写真や、酒場のマッチブック、数珠といった父の遺品を手掛かりに、父の過去を探る俊也は、思いもよらない秘密に辿り着き…。

本書の見開きには、精巧な運河庁の街路図が載っています。文中に登場する風景もこの街路図に沿って忠実に描かれており、俊也の足取りも丹念にトレースされていて、自分自身がこの街路図を見ながら、運河町を右に左にと歩いているような不思議な気分になりました。

主に北海道を舞台にした小説が多かった佐々木譲さんの、東京が舞台の作品「地層捜査」「代官山コールドケースを読んだ時に、もしかしたら地図を読むのがとてもお好きな方なのでは…と感じたことがあったのですが、正しくその通り。「自著を語る」で、佐々木さんご自身が、地図好きであると言及されていました。
 

 


同じく「自著を語る」では、本書に登場する運河町は「架空の小都市」であると述べられていますが、そのことを知らずにいた私は、実在する町だと勘違いして、思わずネットで検索してしまいました。それほどに、この架空都市も、街路図も、事細かに設定されているのです。私たちが子供の頃に、おとぎの国の地図やおもちゃの街並みに、あるいはRPGゲームの冒険地図に心躍らせていたように、この運河町の街路図を作成されている間、佐々木さんはことのほか楽しい時間を過ごされたのではないかと推察します。

一方で、凝灰岩や石灰岩を使った石造りの建物、町の中を流れる運河、教会や露人街を有するロシア人が多く暮らす異国情緒豊かな町並み、そして迷路のような酒場街など、表紙イラストのイメージも相まって、この運河町はまるでダンジョンのようです。写真やマッチブックといったアイテムから手掛かりを得たり、図書館で出会った老人から思わぬ話を聞けたり、新聞社で聞き込みをしたり、酒場で流しのバイオリン弾きと出会ったり、と主人公の俊也が小さな町を行き来しながら少しずつ謎に迫る様子も、正にRPGのストーリーさながらではありませんか。

ミステリー作品ということだけで考えると、謎解きの過程も、俊也の父の秘密自体も、少々物足りなさを覚えましたが、この現実味のない空間を舞台で繰り広げられる不思議な世界観は、佐々木譲さんのこれまでの骨太な作品とは趣が違い、今までにない味わいです。そんな新しい切り口を面白く感じながら読みました。