無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

颶風[ぐふう]の王(河崎秋子)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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本書作者・河崎秋子さんの生業が、「羊飼い」として新聞で紹介されていたことに興味を引かれ、本書を手に取りました。東北と北海道を舞台に、明治から平成までの時代を生きた一族の、馬の存在抜きにして語れぬ歴史の物語です。といっても、馬と人との交流を描いた牧歌的なストーリーなどではありません。この一族が、空と海と森とを「オヨバヌ」ものとして畏怖し、力及ばぬ厳しい自然の中でも生を繋いだ様を描いた、生きることの雄々しさを感じさせる骨太な作品です。

削ぎ落された無駄のない文体は、シンプルですが力強く、瞬く間に物語の世界に引き込まれてしまいます。特に、この一族の歴史の発端となる、雪崩で遭難した母と馬の一幕は壮絶で、淡々とした静かな筆致ながらも、息を詰めて読んでしまうような圧倒的な緊迫感に溢れています。北の大地の過酷さを身を以って知り、自然と生き物たちと共存する人ならではの、厳しさと慈愛に満ちた眼差しが感じられました。

生き続けることを選び、自力で生き継いだ者たちの雄々しさ。厳しい大地に凛と立ち、全てを受け入れながら、静かに生き継ぐ馬たちの神々しさ。生きることの意味を模索して思い煩うこととも、生への執着とも無縁で、ただただ命を育み続けるものたちの誇り高き姿を感じました。生の息吹に包まれた、感慨深い一冊でした。