無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

手のひらの京(綿矢りさ)~読後所感~

※あくまでも個人的な感想です。一部作品のあらすじやテーマに触れている箇所があります。
まだこの本を読まれていない方は、以下記述に目を通される際にはどうぞご留意ください。

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手のひらの京
綿矢 りさ
新潮社
2016-09-30


生まれも育ちも京都の綿矢りささんが描いた、京都に暮らす三姉妹の物語で、帯のキャッチコピーには「綿矢版『細雪』」とあった。両親と共に仲良く和気あいあいと、居心地の良い実家暮らしを送る三姉妹が、京都という独自の文化を持つ土地で、それぞれ自分の未来や恋に悩みながらも進んでいく姿が綴られている。
 
私は男兄弟と育ったので姉や妹への憧れが強く、姉妹が登場する小説にめっぽう惹かれる。王道の若草物語細雪はもちろん、江國香織さん「流しのしたの骨」角田光代さん「夜をゆく飛行機」なども大好き。そしてこのカテゴリーのコレクションに新たに加わったのが、今回読んでいっぺんに気に入った本書「手のひらの京」
 
流しのしたの骨 (新潮文庫)
江國 香織
新潮社
1999-09-29


二人の妹からは「姉やん」と呼ばれる図書館職員の長女綾香は、元来ののんびり屋気質が裏目に出て、気がついたら出会いのない毎日。高齢出産のリミットを目前にして結婚を焦って夜も眠れない。綾香らしいペースで新たな未来を切り拓こうとする過程が素敵だ。

容姿に自信があり、小さい頃からモテてきた勝気な次女・羽依は、新入社員として入社した会社で早々と恋人が出来るものの、先輩から「京都の伝統芸能『いけず』」の洗礼を受け、社内恋愛トラブルにも巻き込まれる。この小説で最も波乱万丈な日常を送る羽依だが、スカッとするような場面もあって楽しい。

そして、大学院で理系の研究をしている三女・凛は、卒業後は就職を機に上京することを密かに計画している。生まれ育った故郷を愛しているが 「住んでいる人たちをやさしいバリアで覆って離さない」ような京都からは、今を逃したら一生出られない気がするという。案の定、京都を愛する両親の理不尽な反対に合うのだが、そのくだりが大変面白い。

綿矢りささんの小説の良さは一言では言えないが、私が特に好きなのは、ややシニカルさも備えたおかしみに満ちた文章と、会話の妙だ。長所も欠点もある人間臭い登場人物たち。ドラマチックな出来事は起こらないけれど、小さな厄介事やつまらないトラブル、ささやかで楽しいひとときが織り込まれた日常。それらが綿矢さんの綴る言葉で、息吹を吹きこまれて生き生きと動き出す様を感じながら、ページをめくるのは本当に楽しい。

今回は、やわらかな京都弁のリズムや言い回しの効果で更に魅力が増していて、三姉妹の皆それぞれを愛おしく感じた。また、四季折々の京都の風景も、そこに暮らしたことのある生粋の京都人ならではの描写で、観光ではなく日常の京都の姿が魅力的だった。