無芸大食・読書亡羊~美味しいものと本と旅~

美味しいものと本と旅が至福であり、生きがい。インスタ映えや星の数じゃなく、自分がいいと思えたものとの出会いを綴ってゆきたいです

青森県・十和田市現代美術館

十和田市現代美術館に初めて訪れたのは、2009年の夏のことでした。
「アーツ・トワダ」プロジェクトの中核施設として前年にオープンした際は、メディアにも大きく取り上げられ、シンボリックなチェ・ジョンファの「フラワーホース」や、巨大且つリアルな「スタンディング・ウーマン」などの印象的な作品が紹介されたので、ふだんあまり美術館を身近に感じない人でも、ここの名前を見聞きする機会があったように記憶しています。
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私がそもそも最初にここを訪れるきっかけとなったのは、奥入瀬渓流への旅行のついでに寄って行こうというごく軽い気持ちからで、ここでこんなにも衝撃的な体験をするなんて、思いもよりませんでした。
十和田市現代美術館は、私がその後本当の意味でアートに深い興味を抱き、親しむようになった原点ともいえる美術館なのです。
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同市中心の大通り、真っ直ぐに伸びた官庁街通りをゆくと目に飛び込んで来るスタイリッシュですっきりとした白い外観が十和田市現代美術館です。エントランスに雄々しく華やかにそびえる「フラワーホース」、外壁のポール・モリソンの壁画など、館内に足を踏み入れる前から印象的な作品群に目を奪われます。
エントランスホールの床さえも作品となっていることにワクワクが止まりません。
ジム・ランビーのアートが描かれたフロア
美術館はいくつもの大型インスタレーションに囲まれており、回廊で繋がっています。
階段の途中で立ち止まったり、屋上に出たりと、順路に規則性がなく、ふらふらと見入っているうちに迷宮に誘い込まれたような錯覚を覚えます。
建物と建物の間を突っ張るようにして展示されている彫刻、壁そのものが作品となっている絵画、こっそりと庭に隠れるように置かれた立体作品、屋上に上がって街の向こうに目を凝らすと見える仕掛けになっている壁画など、敷地内のあちらこちらに点在する作品を探す、宝探しのような面白さもあります。
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しかし、楽しく感じると同時に、徐々に何だか落ち着かない心持ちになるのです。
前述の「スタンディング・ウーマン」、テーブルの上によじ登って天井裏を覗く「ザンプランド」、暗闇に林立する木々が幻想的な「闇というもの」、立てかけられた1枚の鏡に次々に映像が映し出される「メモリー・イン・ザ・ミラー」、未来的な空間に山羊らしき動物が横たわる「デッド・スノー・ワールド・システム」、人型彫刻が連なってシャンデリアのようなオブジェを形成する「コーズ・アンド・エフェクト」など、どれもが強烈なインパクトを放ち、中には得体のしれない嫌悪や、不安さえ覚えるものも。
何とも形容しがたい、ざわめくような気持ちの理由を探る間もなく、やがてそれはドキドキに変わっていきました。
月並みな表現ですが、思い返してみると、この時の体験こそが「観る」のではなく「感じ」た、私にとってのアートへの「目覚め」の瞬間だったと思うのです。

奥入瀬渓流の前にちょっと覗く程度の気持ちだったのに、気がつくと予定の時刻を遥かに過ぎています。私は、作品群と対峙しているうちに、それらが持つ非日常的なひずみのようなものに誘われ、すっかり絡め取られそうになってしまっていました。「そろそろ行かないと」と同行者に声をかけられて我に返り、その不思議な高揚を抱えたまま、後ろ髪をひかれる思いで美術館を後にしたのでした。

それまで私は、アート作品をどこかで「理解すべきもの」として捉えていました。初めて自発的に行った美術館がよりによってルーブルで、展示作品の特性上、歴史や宗教の背景知識によってより興味深く鑑賞できるのが面白く、パリ留学中だった友人の語学力を借りながらて見て回ったこの体験が、アート作品を「理解すべきもの」として鑑賞する傾向を作ってしまったのかもしれません。

しかし十和田市現代美術館では、「これは何だ?」と頭で理解しようとするよりも先に、心の柔らかい部分を鷲掴みにされるような刺激を受け、その理由が分からないまま作品に釘付けになってしまいました。
この経験したことのない高揚感に解釈は要らない。心のどこかがざわめくならば、好きなだけドキドキさせて純粋に楽しめばいい。啓示のようなその気づきの日から、どんどんアートが好きになっていったのです。

前置きが長くなりましたが、そんな経緯を経て再び訪れた十和田市現代美術館です。
2010年の春に美術館の向かい側にアート広場とストリートファニチャーが出来たのですが、前回訪問時は建設中で観ることが叶わなかったそれらと、改めて館内作品もゆっくり観たいという思いからでした。
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草間彌生さんのカボチャのオブジェを始めとする、色彩鮮やかな「愛はといこしえ十和田でうたう」、広場にそびえ立つ「ファットハウス」や「ゴースト」など、ユニークで目を引くオブジェは、意外なほどに街並みにしっくり馴染んでいました。アートという認識などまるでないまま、公園遊具の如くオブジェにまたがり、隠れ、遊ぶ子供たちの姿がそこには見られます。金沢21世紀美術館もそうですが、街に開かれたアートは、街の人々の日常に自然と寄り添っていて、その一体感が素敵だなぁと思います。
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美術館内の作品たちも、私の記憶にくっきりと刻まれた姿のまま、みな変わらずそこにありました。
二度目の鑑賞は驚きが薄れるかもとの心配は杞憂で、前回とは違う発見があったりとちくちくと刺激を感じる場所が微妙に違い、それがまた楽しく感じられました。
マイケル・リンのフロアアート
館内カフェ「Ape Rossa」の床は、マイケル・リンのペインティング作品を兼ねているのですが、色がいい具合に退色しているのも年月を感じさせました。美術館と別の入口があり入館料無料で一般的に利用できるため、ご近所さんたちの憩いの場として、地域とつながっている様子がここでも見られます。
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今回いちばん印象に残ったのは、オノ・ヨーコ「念願の木」
「三途の川」、「平和の鐘」という2作品と共に構成された中庭にある木で、来館者が自分の願いを書いて木に吊るすことで完成する作品ですが、前回はぽつんと植えられただけに見えた細木が、堂々と枝葉を茂らせ、見事に成長していました。当たり前のことだけれど、この作品はこの十和田市の地で、ずっと時を刻んでいたのだなぁと、感慨深いものを感じました。
 
あれから私たちは東日本大震災を経験し、この8月には終戦70周年を迎えました。
この木のように私は成長しただろうか。オノ・ヨーコさんがこの作品に願いを込めたような、そして多くの人が願っているような、平和な世の中に近づいているだろうか。思わず、空を仰ぎ見てしまうのでした。

2015年7月某日の旅先: 青森県十和田市「十和田市現代美術館」